クロガネ・ジェネシス

第7話 その名はマックス・ジョー
第8話 アールの実力
第9話 姉妹再開
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第一章 海上国家エルノク

第8話
アールの実力



『間もなく第2試合を行います! 選手番号4番と、5番の選手は……』
「さて、次は私か……」
 選手入場を促すアナウンスを耳にし、ネルは控え室を退室し、戦いの舞台へ向かう。
 四角いリングの上、ネルと、その対戦相手、シャンパーユ・プロイツェンが対峙する。
「お初にお目にかかります、お嬢さん……」
「お、お嬢さん……?」
 突然のお嬢さん呼ばわりにオウム返しで答えるネル。
 シャンパーユという男は白のYシャツに黒のベストと蝶ネクタイ、下は黒いズボンと言う紳士の見本のような格好をしていた。ヒゲはきれいに剃ってあり、黒の髪の毛はオールバックにして後頭部でまとめている。
「この私《わたくし》があなたの実力を、テイスティングして差し上げましょう」
 ――マックス・ジョーと同じで濃いなぁ〜。
 ネルは先ほどまで零児が戦った筋肉むきむきのマッスル男のことを思い出した。体が細いか、太いかの違いはあるが、性格は多分似たようなものだと思うのだ。
「別にテイスティングして欲しいなんて言ってないよ。それに私はワインじゃない」
「おや、少し機嫌が悪くなられましたか。失礼。ですがあなたは、私には勝てない。あなたは私に敗れ去る運命なのですから!」
「ふ〜ん。言ってくれるねぇ……」
 この男の試合は見ていた。ネルと同じ格闘タイプの拳闘士だ。しかし、筋肉馬鹿というわけではない。しっかりした構えを持った戦い方をする強敵だ。ネルは少なくともそう思っていた。
『それでは、第2回戦、第2試合。ネレス・アンジビアン対シャンパーユ・プロイツェンの試合を始めます! 試合……開始ぃ!』
 ネルとシャンパーユは構える。
 ネルの構えは両手をグッと握り締めた拳を主体とした構えだ。対するシャンパーユは両手の指を握るのではなく、一定の角度に一定の方向にやわらかく曲げた構えだ。まさに正反対のタイプといえる。
 まだどちらも動かない。互いに相手の動きを探り合っている。動いたほうが負ける。そんな張り詰めた空気が会場を支配する。
 少しずつ、少しずつ、互いの距離が縮まっていく。睨みあう2つの眼光。2人の間には、2人にしか見えない火花が、火のついた導火線のように静かな音を立てている。
「……ハァ…………ハァ…………」
 脂汗が額を流れる。互いの緊張が頂点に達したとき、その緊張が大きく爆ぜた。
 動いたのはネルだった。右の拳を弾丸の如く放つ。しかし、その拳はシャンパーユに命中することはなかった。
「いたっ!」
 ネルの拳は弾かれた。シャンパーユは全ての指が伸びきった状態の拳を、ネルの右手首に当てて攻撃を中断させたのだ。続けざまにシャンパーユは体を捻り、前進をバネにして、左手の拳を放つ。遠心力によって破壊力を増したその拳は、ネルの腹部目掛けて飛んでいく。
 その拳を、ネルは、今さっき自分がされたときと同じように、シャンパーユの左手首を攻撃することで中断させた。
 互いに距離を取り再び構える。
「フッフフフ……やりますねお嬢さん」
「あなたもね……」
 互いに隙は見せない。しかし、腹の探り合いはもうおしまいだ。
「ウォォォ!」
 叫び、疾駆するネル。
「受けて立ちましょう!」
 シャンパーユも動く。ネルとの距離があるうちに、先ほどのように体を捻る。どうやら全身のバネを利用した戦い方がこの男の戦法のようだ。その右手が再びネルの腹部目掛けて振るわれる。
 ネルは横に跳んでそれを回避した。そして、右の拳をシャンパーユの腹部目掛けて放つ。
 シャンパーユは左の肘打ちでその拳を落とし、この戦いで初めて握り締めた右の拳をネルへと放つ。その攻撃対象はアゴだ。シャンパーユはネルのアゴを打ち上げようとしているのだ。
「あ……ぐうっ……!」
 拳は直撃した。たたらを踏んで後退するネル。脳が揺さぶられたかのような衝撃で、全身の動きがマヒする。
 ――マ、マズイ……!
 頭がクラクラする。幸い骨は折れてない。ネルはなんとか眼前の敵を睨みつけることで、気絶することを避ける。
「フフフフフ……。どうやら立っているのがやっとのようですねぇ……」
「……? なんで、攻撃してこないの?」
 ネルが後退している間、容赦ないシャンパーユの攻撃が向けられていたら、ネルは負けていたかもしれない。それなのに、攻撃してこないシャンパーユをネルは不思議に思ったのだ。
「女性をいたぶるのは私《わたくし》の趣味ではありませんもので……」
「馬鹿にして……!」
 激昂するネル。馬鹿にされたと感じたからだ。しかし、今は動かない。チャンスをうかがうしかない。今は自ら動く時ではない。
 ――冷静に、冷静に……頭を冷やして……。
 シャンパーユの戦法。ネルはそれを分析する。自分の攻撃は手首への攻撃でガードされ中断させられる。自ら近づけば小さなハンマーのような破壊力を持つ拳が飛んでくる。
 ならば……。
「……」
 ネルは体力の回復を待つためその場から動かない。
「ほう、体力の回復を図りますか。それも構いませんが、体力が回復したところで、私に勝てますかね?」
「フッフフ……あなたが次に動いたとき分かるよ……」
「面白い。その挑発、乗りましょう!」
 シャンパーユがネルに向けて突進してくる。
 ――速い!
 その移動速度に驚く間もなく、シャンパーユはネルの眼前まで迫ってきた。
「これで終わりです!」
 シャンパーユの手刀がネルの左肩目掛けて振り下ろされる。
 しかし、ネルはそれを待っていたと言わんばかりに手刀を右手で掴んだ。同時に体を捻り、背を向け、シャンパーユを背中に抱える体勢になる。
 僅か数瞬の後、シャンパーユはネルの一本背負いで地面に倒れ付す。地面に背中から叩きつけられたシャンパーユは、その衝撃で一瞬喉《のど》を詰まらせた。
「グフッ……!」
 間髪入れず、ネルはシャンパーユの顔面に自らの拳を突きつけた。
 息を呑むシャンパーユ。勝負ありだ。
『勝負あり! この試合、ネレス・アンジビアンの勝利とする!』
 審判の声が会場に響き渡る。
「私の勝ちだね……」
「ええ、完敗です。挑発に乗った時点で……私の負けは決まっていたということか……。あなたのその美しさに、乾っ杯……」
 そんなシャンパーユの表情はどこか晴れやかだった。

「なんだ、ネルの試合はもう終わっちまったか?」
 コロシアムの観客席、アーネスカ達の所まで歩いてから、零児はそう呟いた。
 服を着替え、顔を洗って、宿から戻ってきた直後だ。
 観客席にはすでに戦いを終えたネルもいた。
「レイちゃんおそ〜い!」
 零児が来るのがあまりにも遅かったためか、火乃木がそう不満を口にした。
「しかたねぇだろ? アルコールの臭いプンプン撒き散らしながら観客席にいられるかよ!」
「まあ、あんな戦いの後じゃあ、確かに体を洗いたくなるわよね〜」
 アーネスカは零児に同情の意を示した。
「ネルは勝てたのか?」
「もちろん、勝ったよ、クロガネくん」
「そっか、ならあとは……」
 零児はそれ以上口には出さなかった。ネルも零児の言わんとしていることを理解しているのか、コクンと頷いた。
「あとは、明日私が棄権すれば、クロガネくんの決勝進出だね」 「ダメよ!!」
 そこでアーネスカが強い口調で、反対した。
「な、なんでだよ……?」
 零児もネルも目を丸くしてアーネスカを見る。アーネスカが、なぜネルの棄権に反対するのか。それは本人以外、誰も分からない。
「いいから棄権はダメ! 零児が勝利するのはいいけど、試合はして頂戴!」
『……』
 零児とネルは顔を見合わせる。2人揃って軽く苦笑して、ネルが続けた。
「分かったよ。アーネスカ。ちゃんと出るよ」
「オッケ〜」
 2人は再び顔を見合わせて、肩をすくめた。
「あ……」
 そんな最中シャロンが声を上げた。
「どしたシャロン?」
「最後の試合……始まるみたい」
「お? どれどれ?」
 零児は観客席、ネルの隣に適当に腰掛け、四角いリングへ目を向けた。
『観客の皆さん! お待たせいたしました! これより、第2回戦、第4試合、テンパランズ・エルヒガンテ対ミスアールの試合を行いまぁす! 選手番号8番と6番の選手は……』
 アナウンスが流れ、リングの上に2人の人物が入場してくる。
 1人は黒フードを被り、仮面を着用した人物。零児に大会初日に話しかけてきた女だ。
 そして、もう1人。
 身長にして3メートル前後、両手にトゲつきグローブを装着した男だ。驚くべきはその脂肪だ。ブクブクに膨らんだ腹と、重力に負けてだらりと垂れ下がった胸部の脂肪はあまりにもインパクトがある。さらに顔の下にあるはずの首が肉に埋まっていてほとんど見えず、胸部と顔がそのまま繋がっているかのようにさえ見える。まるでカエルか何かのようだ。肌は全身普通の人間と変わらず、別段どこかが日焼けしているわけではない。つまり、外に普段出ないことが良く分かる。
「人間……ああはなりたくないよなぁ……」
『ウン、ウン』
 零児が何気なく口にした言葉に、仲間達全員が同時に首を縦に振った。
「ハッハッハ〜……なんだ……女か?」
 テンパランスという男は自分よりはるかに背の小さいアールに向かって言った。
「……」
「どうした? 俺様のデカさに、声も出ないか? あ〜ん?」
「……肉塊め」
「な〜んだとぉ〜!? いいか? 俺様はデブなわけじゃねえ! 体がでかいだけなんだよ!」
「いや、十分すぎるくらいデブだろう……」
『ウン、ウン』
 テンパランスの発言に、零児は再び呟き、仲間達は再び首を縦に振った。
『それでは、試合、開始ぃ!』
 アナウンサーの声が会場内に響き渡る。
 観客もこの超巨大肥満男と、細身の女の対決は注視している。アールがどれくらい健闘するか、それともテンパランスが負けるのか。
「いくぞ〜!」
 仕掛けたのはテンパランスだった。トゲつきグローブでアールを殴りにかかる。
「おりゃぁあ〜!」
 なんとも奇妙な叫びを上げながら攻撃するテンパランス。アールは自らの頭上から振り下ろされたその攻撃を横に跳び、いともたやすく交わす。その直後、テンパランスの空振りした拳の上に乗り、即座に跳躍してテンパランスの顔面付近まで接近する。
「お前如き……」
 アールは空中で体勢を整える。テンパランス目掛けて自らの両足をそろえる。
「終わりだ……」
 そして、その両足を、幾度となく前後させ無数の蹴りを放つ。テンパランスの頭部に蹴りの雨が降り注ぐ。
「ブゥウギャアアアアアアアアアアアアアアア!!」
 テンパランスはみっともない絶叫を上げた。重力が許す限り放たれた蹴りの嵐は、テンパランスの顔の形を歪め、気絶させるには十分すぎる破壊力を持っていた。
 リングの上で仰向けに倒れるテンパランス。アールはそのやや背後に着地した。
『…………あ、しょ、勝負あり! 勝者! ミスア〜〜〜ル!!』
 観衆がざわめく。あまりにも早過ぎる決着。まさに瞬殺と言う言葉がぴったりなくらい、華麗な勝利だった。
「つ、つええ……」
 零児は絶句していた。足技なら零児も得意とするところだが、ここまで容赦なく、無慈悲な技を零児は持ち合わせていない。あるにはあるが、それは魔力を消費した技だ。魔力消費なしでこれほどの破壊力を持つ技は流石に零児でも持っていない。
「間違いないわね……」
 アーネスカが不適な笑みを浮かべながら、呟いた。
「何がだ?」
「決勝戦のあんたの相手がよ……」
「……」
 ――俺……あんなのと戦うのか?
 零児はアールの底知れぬ実力に息を飲んだ。
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